神峯山寺は、大阪府高槻市北部にある古刹。開山以来1300年以上の月日を経た現在も、都市部近郊でありながら、変わることなく豊かな自然に見護られ佇んでいます。神峯山寺は約1000年前より阿弥陀信仰が栄え、民衆はもちろん、武家や商人、貴族、皇族達が、身分を超えて鎮座する阿弥陀如来に掌を合わせてきた歴史があります。「仏前において皆平等」という考え方は、平成の今日も大切に受け継がれ、境内の納骨堂や神峯山寺大霊園には多くの仏様が悠久の自然の中、安らかに眠っておられます。
「変わらぬものあれば、変わるものあり。」――悠久の自然が在る一方、時代が移ろうと共に、社会や人々のお墓・供養に対する考え方は急速に変わりつつあるようです。特に近年の経済発展・成熟により、私達の生活は大きく変わりました。都市近郊への人口密集、山間部の過疎化、核家族化など、劇的に動く社会構造に伴って、お寺と人々との繋がりもまた、変化の時を迎えているのではないかと神峯山寺は考えております。「現代の社会や人々の考え方に合った、仏様の供養を深く考えていく時である」と――。
「自分らしい供養を」と考える人々が増えていると、よく耳にします。檀家制度や既成概念に囚われず、個人の考えに合った方法で供養してもらう。そうした人々の望みが多様化することで、様々な供養の様式が生まれ、宗派を超えた新しい考え方が生まれています。「個人墓」や「永代供養」もその流れの一つ。さらに「お墓を作らない」という選択をする人のための「納骨堂」や、故人を傍に感じていたい人のための「手元供養」など、供養に対する人々の考え方はとても「自由」になりつつあるのでしょう。
こうした人々の供養に対する新しい考え方に、お寺は応えていく必要があると神峯山寺は考えます。何より、「先祖を大切にしたい」「親族に安らかに眠って欲しい」という切なる思いは、未来永劫変わることのない人々の願い。その願いを叶えるための供養は、やはり様々であっても良いのではないでしょうか。幸いな事に、神峯山の地には動物が生き、小鳥がさえずり、四季の花が彩る豊かな森があります。喩えどの様な供養の仕方であれ、神峯山寺に眠る仏様の前では皆平等であると、私達は考えているのです。










